↑

ロサンゼルス空戦(1942)

1942年2月24日の深夜、アメリカ西海岸に接近する多数の『日本軍の飛行機』が察知されました。飛行機群は25日の午前3時すぎにロサンゼルス上空に飛来します。アメリカ側はすぐに空襲警報を発令、都市全体に消灯を命じると共に対空砲で迎撃を開始しました。

『日本軍の飛行機』は多数の機体が上空を飛び回ったもの爆撃などはしませんでしたが、アメリカ側で対空砲により7棟のビルが被害を受けたほか、流れ弾に当たって3人が死亡、また空襲のショックで3人が死亡して、計6名の死者が出ました。(日本軍機を4機撃墜し、1機はハリウッドに落ちたなどの報道もあったが、単なる情報の混乱であったもようで実際には撃墜した飛行機は確認されなかった)

アメリカ陸軍では、『日本軍機』が爆撃をしなかったことから、当夜の行動はアメリカ側の防戦態勢を確認するための偵察飛行ではなかったかと推定しました。ところが、海軍では当日日本軍機が来襲した事実は無かったとして襲来は誤報であると主張しました。しかし『日本軍機』と見られる多数の飛行物体はレーダーに捉えられたのみでなく、ロサンゼルスでも、また近隣のサンタモニカでも実際に目撃されています。陸軍と海軍の主張は対立しました。

戦後になってから確認されたことですが、日本側には当夜空襲や偵察活動を行った記録はありませんでした。またそもそも当時アメリカ近隣にいた日本軍機は20機程度しか無かったのです。

結局この時襲来した飛行物体の正体は謎であり、現代ではUFOではないかと推測する人も多くあります。当時はまだUFOという概念は提唱されていませんでした。アメリカ軍がUFOについて調査を始めるのは、1948年です。

当時日本はアメリカ西海岸沖に潜水艦を配置しており、沿岸部で多数のアメリカ艦船を攻撃していました。その流れからアメリカでは日本軍の空襲・上陸作戦の実施は時間の問題と見ていたようです。そういう時代背景がこの事件を起こしたともいえますが、これだけ多数の人が目撃していて、単なる誤認・誤報というのは、説明のつかないことです。

なおこの年の6月20〜21日、日本の潜水艦はアメリカおよび同盟国カナダの基地への攻撃をおこなっていますが、これは1821年の米英戦争以来、120年ぶりにおこなわれたアメリカ本土への外国の攻撃です。アメリカ本土が攻撃されたのは、その次は2001年9月11日のアルカイダによる同時多発テロでした。

(2011-02-24)


↑ Dropped down from 今日は何の日.

(C)copyright ffortune.net 1995-2013 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから