木星衛星の発見(1610)

↑

ガリレオ(Galileo Galilei, 1564年2月15日J - 1642年1月8日G)は1609年に、オランダの望遠鏡を参考にして自作の天体望遠鏡を制作しますがそれを使って木星を観測していて、最初1610年1月7日に、木星のそばに小さな3つの星があるのを見ました。ところがその星が翌日には見えなくなっていました。そして11日になってまた木星のそばに1個の小さな星が見えました。

この観測の結果から、ガリレオは最初に見えた3個および、あとで見えた1個は木星のまわりを周回している星ではないかと推察。これが「ガリレオ衛星」の発見です。7日に観測された3個がイオ・エウロパ・カリストであり、11日に観測されたのがガニメデです。

(イタリアは1582年10月15日からグレゴリウス暦になっていますので、これらはグレゴリウス暦の日付です。ユリウス暦とは10日ずれています)

この4つの衛星の公転周期は、現代の値でイオ 1.77日、エウロパ 3.55日、ガニメデ 7.16日、カリスト 16.69日、とほぼ等比級数的になっています。ガリレオが観測していて「見えなかった」時期というのは、木星の後ろに隠れていた時期だけでなく、木星の手前にあって重なって見えなかった状態も含まれるのではないかと思われます。

ガリレオはこの4つの衛星に当時のトスカーナの支配者であるコジモ2世とその兄弟の名前をとり、Cosimo, Francesco, Carlo, Lorenzo と命名しましたが、この名前は現代では使用されていません。

現在のIo, Europa, Ganymede Callisto という名前を付けたのはこの4つの星は自分のほうが先に発見したと後に主張したドイツのシモン・マリウス(Simon Marius, 1573.01.10 - 1624.12.26)です。彼は、木星(Jupiter)のそばにいるのだから、Jupiter=Zeusの愛人の名前を付けるのが良いと考えたのでした。

イオ 浮気の現場をヘラに見つかった時牛に変えられる。ヘラから逃げて 渡った海が「イオニア海」。エパポスの母。

エウロパ こちらはゼウス自身が牛に化けて近づく。ヨーロッパの語源。 クレタ王ミノスなどの母。イオ・エウロパ共に牡牛座の神話。

カリスト アルテミスの侍女。ゼウスと交わり子供(アルカス)を設けた ことが純潔を旨とするアルテミスの怒りに触れ熊の姿に変えられる。 大熊座の神話。

ガニメデ ゼウスの給仕をしていた美少年で、4衛星の中で唯一の男性。 ただし衛星の名前としては、単語を女性形に変化させている。 ガニメデが持つ壺が水瓶座の神話。

この4衛星の第一発見者がガリレオなのかマリウスなのかについては、いろいろ議論があったものの、現代では、両者ほぼ同時だったものの、ガリレオのほうが数日早かったのではとされています。マリウスの観測記録は1609年12月29日から始まっていますが、当時ドイツはまだユリウス暦なので、これはグレゴリウス暦では1610年1月8日になってしまうのです。

なお、その後ガリレオは木星の周囲をこの4衛星が廻っているように、地球も太陽のまわりを廻っているのではという考察に進み、地動説の提唱へとつながって、宗教裁判に掛けられる羽目になります。

(ガリレオの名誉回復をしたのは1992年のヨハネ・パウロ2世)


(2008-01-10)

Dropped down from 今日は何の日.
↑
(C)copyright ffortune.net 1995-2016 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから