ルナ1号(1959)

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1959年1月2日、ソ連の宇宙船がモスクワ時間で19:41(日本時間 1月3日1:41)にバイコヌール宇宙基地(現在はカブフスタン領土内)からボストークロケットで打ち上げられました。打ち上げは成功し、ルナ(Луна)1号と名付けられました(別名Мечта−メシュタ:夢の意味)。

ルナ1号はいったん地球の人工衛星となり、ガス噴射を行って世界初の「人口彗星」となったあと、月へ向かい、1月4日、月から5995kmの地点を通過して。世界初の月探査船となりました。

ソ連は1957年10月4日のスプートニク1号を世界初の人工衛星とすることに成功しアメリカにいわゆる「スプートニック・ショック」を与えましたが(これが現在のインターネットの原型となる技術をアメリカが開発しはじめたきっかけ)、更にこのルナ1号で、月探査に関してもアメリカに先んじていることを誇示したのです。

なお当時のソ連の宇宙技術も、めいっぱい背伸びしたものです。このルナ計画では、番号のついた探査機は1号から24号までありますが、それ以外に打ち上げを失敗したものが19機もあります。こんなに確率が低いと、打ち上げ自体がほとんどギャンブルの世界。更には4号から8号は月への軟着陸を試みるも失敗しています。9号が最初に軟着陸に成功。15号でも月の石を採取して地球に帰還させようとして失敗。16号がはじめて月の石を地球にもたらしました。(月の裏側を撮影したのは3号)

こうしたソ連の宇宙技術での進展に焦ったアメリカは1961年5月25日ケネディ大統領が1960年代のうちに人間を月に送り込むと宣言し、巨額の開発費をつぎこむこととなります。当時この大統領の発言をほんとに実現可能と思った人はほとんどいなかったともいわれています。

 I believe that this nation should commit itself to achieving the goal, before this decade is out, of landing a man on the Moon and returning him safely to the Earth.

 我が国はこの10年間(60年代)が終わる前に、人を月に到達させ、安全に地球に帰還させるというゴールに向けて全力を傾けなければならないと信じる。

そんなものよりベトナム戦争に国費を使えとか、国民のために使えという意見に、ロケット技術はミサイル技術に転用できるし、宇宙のために開発した技術は民間の工業技術にもなる、と反論してケネディは宇宙開発を強引に推し進めました。

それがまさに現在のアメリカの、そして世界のIT技術の基礎となりました。


(2008-01-02)

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