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心への旅(13)元型:永遠の少年

「ボンベイ最後の日」という映画の舞台にもなった南イタリアの都市ボンベイ
はBC80年頃からAD79年まで栄えた古代ローマの都市です。

この都市はそのAD79年8月24日にヴェスヴィウス火山の噴火により都市全体が
埋没し、結果的に当時そのままの姿が近代まで保存されることになりました。
(この都市の発掘が始まったのは1748年)

この埋もれた古代都市ボンベイのある一軒の家の壁に描かれているのが有名な
「ディオニュソスの秘儀」の壁画です。そして、この秘儀の主人公ディオニュ
ソス別名イアッコスが永遠の少年のモデルでもあります。

ウェルギリウスは彼について「汝は永遠の少年なれば、空の高みでもっとも愛
される。もし汝が角を隠して我々の前に立てば、そのかんばせは乙女のごとく
美しき」という賛辞を捧げています。

永遠の少年という元型は「永遠に大人にならない子供」と定義づけられます。
女性のキャラクターとして現れる場合は「永遠の乙女」です。多くの人はこの
元型について「大人になれない人」という否定的側面で捉えますが、グレート
マザーがポジティブな面とネガティブな面を持っていたように、永遠の少年に
も「いつまでも子どものような心を失っていない」という良い面もあります。

「大人にならない子ども」として我々にもっともなじみの深いものはピーター
パンでしょう。ネバーランドに住むピーターパンは、文字通り大人にならない
永遠の子供です。(妖精を従え笛を吹くピーターパンにはディオニュソス=バ
ッカスの影も見えますね。なお牧神「パン」とディオニュソスの関わりについ
てはいずれどこかでまた)

河合隼雄氏は永遠の少年というのは、ある程度成長していくが成人に達する前
に一度死んで、グレートマザーの中で再生し、また0から成長していくものだ
と述べています。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−成人

    / ̄ ̄\          / ̄ ̄\          / ̄ ̄\
   /    \        /    \        /    \
  /永遠の   \      /      \      /
 / 少年     \    /        \    /
−−−−−−−−−−−\−−/−−−−−−−−−−\−−/−−−−−−誕生と死
             ̄ ̄  (グレートマザー)  ̄ ̄

その為、永遠の少年は言っていることに連続性がなかったり、無責任で信頼の
おけない性格があらわれ「今日はマルクス、明日はフロイトと騒ぎたて」時に
危険な相手でもある、と河合氏は述べます。しかし永遠の少年の肯定的な面が
出た場合は、古い慣習などにとらわれない絶対的な完全さ、魅惑的な純粋性・
孤高性として現れることもあります。

その美しい例のひとつが「かぐや姫」でしょう。かぐや姫は5人の貴公子と帝
の求婚を全て退けて、月の世界に帰ってしまいます。彼女は「永遠の乙女」で
した。秋山さと子氏は「ポーの一族」のメリーベルを、汚れた大人の世界を知
らない内に純粋な存在のまま死ななければならなかった存在と評しています。

ギリシァ神話にも「永遠の乙女」的な数人の女神が出てきて、彼女らはコレー
と総称されています。ペルセポネ・アテナ・アルテミス・アフロディーテなど
です。

アテナやアルテミスは処女を守り通した女神であり、まさに「永遠の少女」で
すが、ペルセポネには非常に重要な「永遠の少女」としての象徴が存在します。
それは「季節」の発生に関わっているからです。

ペルセポネはアテナやアルテミスたちと野原で花を摘んでいた時突然冥界の王
ハーデスに誘拐されます。彼女の失踪を知った母デーメーテルはあちこち探し
歩いた末、冥界の女王ヘカテから娘の行方を知らされます。デーメーテルは娘
をハーデスの所から戻さないと地上の作物を実らせない、とゼウスを脅してペ
ルセポネを自分の元に帰させる約束を取り付けます。ヘルメスがゼウスの命を
受けて冥界に行きますが、その時既にペルセポネは冥界で柘榴の実を三粒食べ
ていたので、1年の内3ヶ月間は冥界で過ごさなければならないことになりま
す。ペルセポネが冥界で過ごす3ヶ月間はデーメーテルは約束通り地上に作物
を実らせません。これが「冬」の起源であるとされます。

この物語は「デーメーテル賛歌」として知られているものですが、それをその
まま祭儀として行なうのが「エレウシスの秘儀」です。エレウシスとは、デー
メーテルがペルセポネを探してさまよっていた時に訪れた地の一つで、そこで
デーメーテルは農家の赤ん坊の守りを頼まれ、ふと親切心?を起こしてこの子
を不死にしてやろうと、かまどの中に子供を入れようとしますが、びっくりし
た母親に阻止されます。しかしデーメーテルは怒る事もなく自分の正体を明か
した上で、農作物を育てる為の秘密を伝えるのです。

さてさて、その「エレウシスの秘儀」はBC2000年頃から行なわれていた秘祭で、
ペルセポネが誘拐され、デーメーテルが探し回り、やがて冥界からこの世に戻
ってくる、というこの一連のストーリーを演じた一種の劇の形をしていました。
これは暗闇の中で行なわれる儀式で、そのクライマックスで司祭が「大女神が
聖なる御子をお生みになった」と叫んだといいます。暗闇はグレートマザー、
すなわちデーメーテルを表わすと考えられます。またここで生まれるのは永遠
の少年イアッコス、つまりディオニュソスとされています。

ペルセポネの物語は、ペルセポネをデーメーテルの内面の処女性と考えること
ができます。ペルセポネが冥界の王に連れ去られたということはデーメーテル
の処女性の死、つまり男性との交わりを表わすと考えられます。しかしやがて
ペルセポネはまた戻って来る。しかし戻って来るのはペルセポネというよりも
ディオニュソスであり、彼女は新しい次の世代の生命という形で戻ってきたと
考えた方が自然です。永遠の少年/乙女というものは再生の度に前の自分とは
別の自分として存在するとともに、永遠に生命を受け継いで行きます。

なお、実際の「エレウシスの秘儀」は相当女性性の強い秘儀で、男性が参加す
る場合は女装して参加し、ペルセポネを求めてさまようデーメーテルや冥界の
ペルセポネに一体化したといいます。また秋山さと子氏は、この物語における
ペルセポネ・デーメーテル・ヘカーテというのは、女の三態(娘・女・老婆)
を表わしているのではないかと指摘しています。その意味では、ペルセポネ・
デーメーテル・ヘカーテは一人の女性の別の面を表しているとも考えられます。


どうも今回は話の脱線部分が多いのですが、もう一つディオニュソスについて
語っておけば、彼は非常に異名の多い神様です。既に述べたバッカス、イアッ
コスの他に、プロミオス、バッケウス、リュアイオス、エウイオス、イユンギ
エース、エレレウス、レーナイオス、テュオーネウス、などなどの異名があり、
実際どのくらいの異名があるかは数えきれないほどだということです。

ディオニュソスの母は前述の通り、デーメーテルであるという説がある一方で、
セメレだという説も有力です。セメレは人間で、テーバイのカドモス王の娘と
いうことになってはいますが、「セメレ」はプリュギア語で「大地」を表わす
言葉ではなかったかと言われています(ロシア語の「ゼムリヤ」と同語源?)

デーメーテルも明らかに大地母神ですので、結局ディオニュソスの母は大地と
考えられます。彼の父はゼウスとされていて、つまり天ですので、ディオニュ
ソスは「天と地の子」と言えます。それはまるで天の恵みと地の恵みで農作物
が育つのに似ています。そしてキリストの言葉を引用するまでもなく、麦を始
めとする農作物は1粒の種が死んで多くの生命が生まれるという、死と再生の
象徴でもあります。


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