心への旅(20)夢と物語

←↑→

無意識の働きを探求する上で、非常に重要な位置を占めているものに「夢」と
「物語」があります。

夢は人間が眠っている間に現れるものだけに、起きている時に活動的な自我の
作用が弱まり、結果的に無意識の層の諸活動がダイレクトに感覚に捉えられます。

夢について心理学的な面から最初に体系だった研究をしたのはフロイトです。
彼はその名著「精神分析入門」「夢判断」(いづれも新潮文庫収録)において
失策行為とともに夢を取り上げて、夢が見事に人の内面の願望などを表わして
いることを明解に述べています。

(この2つの本は難解な本の多い精神分析関係の書籍の中でも素人でも読める
やさしい本としてもお勧めです)

ところがフロイト自身は、あまり夢を実際の治療には使わず主に自由連想法に
転じてしまいます。そして夢はユング派の人々によってよく使用されています。

フロイトが夢を徹底的に科学的な目で分析しようとしたのに対して、ユング派
の人たちは分からないものは分からないままにしておく態度を取ります。この
為、ユング派では、フロイトが使った「移動」という考え方を使用しません。

たとえばフロイトでは「馬を優しく撫でている」という夢を「馬」は父親の象
徴であり、「撫でている」のは攻撃的な感情が「移動」したもので、この夢は
実は父親に敵意を抱くというエディプスコンプレックス的な夢である、などと
いう解釈もあり得ますが、こういう解釈を許してしまえば、どんな夢でも何の
意味にでも解釈できることになってしまい、分析家の全くの恣意による誘導的
解釈が可能になってしまいます。

ユング派では夢を「分析」するより深い「体験」をすることを重視します。例
えば誰でもよく見ている夢に「落下の夢」があります。この落下の夢を見ると
たいていの人はびっくりして目が覚めてしまうのですが、セノイ族の人々は、
落下の夢を見たと子供が親に言うと、親は「では今度見た時には、落ちてる時
に回りにどんなものが見えたか注意していてごらん」と言うのだそうです。そ
うすると、夢はどんどん発展していくものです。

夢日記を付けている人で、そのような蓄積を持つ人もいます。夢がどんどん体
系だって行き、夢の中の「いつもの町」の地図ができあがってしまう場合もあ
ります。

夢は現実の世界では体験していないようなことを体験して、心の体験を豊かに
してくれる作用があります。

同じように私達に疑似体験をもたらすものに、物語があります。河合隼雄氏は
心理学的研究の対象として意味の深い物語を3つに分けています。

 神話・・・国家のアイデンティティと関わる
 伝説・・・土地のアイデンティティと関わる
 昔話・・・民衆のアイデンティティと関わる

例えば、お祭をしていたところ、床下でゴソゴソいうものがあり、誰かが鉄砲
でズドンと撃ってみたら、よく見ると見知らぬ人間だった、などということが
あったとします。すると人間を殺したというのはヤバイので、大ダヌキが化け
て祭の席にやって来ていたことにしておこう、などという話ができたかも知れ
ません。

ここで例えば「大石村に金平衛さんという長者がいて、息子の婚礼の夜」など
という形でこれが語り継がれるとこの話は「伝説」になりますが「昔々、ある
ところに」という形になると昔話になります。長い間には伝説が昔話に変化し
たり、昔話が伝説になることもあります。昔話は伝説や神話に比べて時と場所
を特定するものがないだけに人間の無意識の作用が強く出やすいとされます。

また昔話は伝承されていく中で、その伝承の担い手となる民衆の色々な心情が
反映されていきます。そのため、同種の話であっても民族によって結末や背景
説明に大きな差が出ることがあります。たとえば人間と動物の異種結婚の話が
世界的にありますが、ヨーロッパの話ではたいてい王子や王女が魔法で動物に
変えられていたことになってるのに対して、日本の昔話では逆に動物が人間の
姿になっているものの方が主流です。この辺りはそれぞれの民族的宗教観の反
映のようにも思えます。
←↑→


(C)copyright ffortune.net 1995-2016 produced by ffortune and Lumi.
お問い合わせはこちらから