不動明王

不動明王は観音・地蔵と並んで我々になじみの深い仏です。母のような微笑を
浮かべる観音、のどかな雰囲気の地蔵と異なり、不動明王は忿怒の相を表して
いて、恐い感じの仏であり、山折哲雄氏は観音・不動・地蔵のセットが日本で
はそれぞれ母・父・子のイメージの投影になっているのではないかと指摘して
います。

(ただし実際には、この3仏を家族に当てはめるなら、父=観音、母=地蔵、
子=不動の方が実態にあっていると思います。)

ところで、そもそも明王というのは呪力を持った者たちの王者という意味で、
一般に多面多臂の姿をしているものが多く、みな密教の中で生まれて来た仏た
ちです。

と書いたところで少し注釈を加えましょう。仏像には千手観音のように多数の
顔と多数の腕を持つものが多いのですが、その特徴を○面○臂という言い方を
します。一般の千手観音は27面42臂です。不動の場合基本は1面2臂です
がチベット流に三面六臂のものもあります。

明王にも多数あるのですが、五大明王・八大明王・十大明王といった数え方が
あります。しかし特によく言われるのは五大明王で、これは不動明王・降三世
明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王となっています。

降三世明王(トライローキャヴィジャヤ)は三つの世界を降伏するものの意味
で、シヴァ神の影響が強いようです。実際シヴァと同じ第3眼を持ち、三面八
臂の姿をしています。真言オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パ
ッタ。種子ウーン。

軍荼利明王(クンダリ)は成立過程がはっきりしませんが、名前の通りクンダ
リーニの力を象徴したものではないかと思われます。一面八臂です。真言オン
・アミリテイ・ウン・パッタ。種子ウン。

大威徳明王(ヤマーンタカ)は名前を意訳して降閻魔尊ともいい、その名の通
り閻魔(ヤマ)よりも強い神という意味です。これは文殊菩薩の眷属とされ、
六面六臂六足の姿です。多面多臂の仏像は多いですが、足まで六本もあるのは
この明王くらいでしょうか。チベットには9面34臂16足という像もあるそ
うです。真言オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ。種子キリーク。

金剛夜叉明王(バジュラヤースカ)はこれも起源が不明ですが金剛という名前
を冠していることから比較的新しい仏であることは確かでしょう。真言オン・
バザラ・ヤキシャ・ウン。種子ウーン。

この他にも、愛染明王と孔雀明王、無能勝明王、烏枢沙摩明王などは有名です。


愛染明王(ラーガラージャ)は弓矢をつがえた愛の仏で、ギリシャ神話のエロ
ス(ローマ神話のキューピッド)と同じルーツと思われます。幾つかの形があ
り、歓喜仏になっている場合も多いですが、単独の仏像としては一面六臂の場
合が多いようです。真言オン・マカラギャ・バゾロ・ウシュニシャ・バザラ・
サトバ・ジャクウン・バンコク。種子ウーン。

孔雀明王(マハーマユリ)は明王グループの中では珍しい女性神で、その名の
通り孔雀の神と考えられますが、インドでは孔雀は蛇の天敵とされており、諸
々の毒を取り除く神として崇められていたようです。孔雀の羽を持ち孔雀の上
に座す美しき王者です。胎蔵界マンダラでは二臂、本尊になる時は四臂、この
他仁和寺など一部に六臂のものもあります。真言オン・マユラ・キランデイ・
ソワカ。種子バン。

無能勝明王(アパラーシタ)はその名の通り、誰もこの明王に勝つことはでき
ないという、とにかく強い仏様です。形は三面四臂・一面二臂・三面六臂など
があり、女性神の姿のものと男性神の姿のものがあります。真言オン・コロコ
ロ・センダリ・マトウギ・ソワカ。種子ベイ?

烏枢瑟摩明王(ウッチュシュマ)はどちらかというと民間信仰の中で生きてい
る仏様で、不浄のものを除く力があるということから、しばしばトイレにこの
明王の名前や姿が描かれています。本来は火の神で、火の力で汚れたものを浄
化するのではないかという指摘もあるようです。真言オン・シュリマリママリ
・マリシュシュリ・ソワカ。種子ウーン。

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といった所で、本来の不動明王に戻って来ます。

不動明王はインドではアチャラナータで「動かないもの」という意味で、次に
あげる「十九観」がその特徴であるとされます。
(1)大日如来の化身であること
(2)真言中にア・ロ・カン・マンの4字があること
   最も実際には普通に使われている不動明王の真言ナウマクサマンダ・バ
   ザラダン・センダマカロシャダ・ソハタヤ・ウンタラタ・カンマンには
   最後に「カン」「マン」が出て来ていますが、アとロは出て来ておらず
   「ア」は不動明王の本体の大日如来の種子、「ロ」は真言中の「ロシャ
   ダ」の頭のロのことでは、などと幾つかの解釈が出ているようです。
(3)常に火生三昧に住していること
(4)童子の姿を顕わし、その身容が卑しく肥満であること
(5)頭頂に七沙髻があること
(6)左に一弁髪を垂らすこと
(7)額に水波のようなしわがあること
(8)左の目を閉じ右の目を開くこと
(9)下の歯で右上の唇を噛み左下の唇の外へ出すこと
(10)口を硬く閉じること
(11)右手に剣をとること
(12)左手に羂索を持つこと
(13)行者の残食を食べること
(14)大磐石の上に安座すること
(15)色が醜く青黒であること
(16)奮迅して憤怒であること
(17)光背に迦楼羅炎があること
(18)倶力迦羅竜が剣にまとわりついていること
(19)2童子が侍していること
   この2童子は矜羯羅(コンカラ)童子・制咤迦(セイタカ)童子といいます。
   この他36童子・48使者を従えている者もあります。

不動明王の信仰が広まったきっかけは、ひとつは平安時代初期の平将門の乱で
す。この時なかなか手に負えない平将門を調伏するために京都の高雄山神護寺
から不動明王像を「借りて」関東に持って行き、成田の地で調伏の法を行いま
した。この像はなぜか京都に戻らず、そのまま現在の新勝寺の本尊として伝わ
っています。(新勝寺に伝わる伝説では京都に連れて帰ろうとしたがどうして
も動かず、夢枕に不動が現れ、自分はこの地に留まって関東の守護者になると
言ったということです)

そしてお不動さんを決定的に庶民に浸透させたのは鎌倉末期の元冦でした。こ
の時は全国各地で敵国退散の呪法が行われ、その主役は不動明王でした。この
時面白いことに日本軍を助けに「走って行く」不動明王の絵なども描かれてい
ます。これは「走り不動」と呼ばれるものですが、本来動かないはずのお不動
さんが走って行くというのはなんとも逆説的です。

また、お不動さんは庶民信仰の中では疫病退散の仏としても信仰を集めていま
す。山伏が里人に頼まれて病気治療の加持の護摩を焚く時も、しばしばお不動
さんに祈っていました。また現代でも病を抱えたお年寄が平癒祈願に行くのに
一番多いのは、お不動さんと薬師如来です。


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