弥勒菩薩

このシリーズの第一部の最後には未来の救済仏である弥勒菩薩をあげましょう。

数多い菩薩の中でもこの弥勒菩薩は少し別格の菩薩です。それはこの菩薩が過
去の歴史の中で出現した仏ではなく、未来に現れる仏だからです。

弥勒菩薩が現れるのは釈迦入滅後567,000万年(或いは576,000万年)であると
されています。これは科学的に見ると太陽系の余命とほぼ一致します。第3部
の神武天皇の所でも述べると思いますが、古代の色々な伝承に出てくる数字は
非常に驚くべき意味のある数字と一致していることがしばしばあって、何かし
ら不思議なものを感じます。

弥勒菩薩がその姿を現すとされる世界は兜卒天と呼ばれる所で、欲界の天道の
中の下から5番目の天で、弥勒菩薩が将来登場する場所ということで弥勒浄土
ともよばれています。また弥勒菩薩は竜華樹の下で仏になり、人や天たちのた
めに三度説法すると言われ、これを竜華三会といいます。

四天王の所で、一度仏教の宇宙観について触れたのですが、この天道に帝釈天
や四天王、また梵天などが住んでいるとされるのですが、この天は欲界にある
訳で、こういう神様たちでさえ「天人に五衰の相あり」と言われて流転輪廻の
中にある迷いの世界となっています。

この欲界の上には色界があり、欲界と色界で1世界を構成しています。1世界
が1000個集まって小千世界、小千世界が1000個で中千世界、中千世界
が1000個で大千世界といい、この3つの千世界を総称して三千大世界とい
います。科学的に見ると1世界が地球のような惑星、小千世界が銀河、中千世
界が銀河団、大千世界が超銀河団でしょうか。

さて少し話を戻して色界ですが、ここはもう輪廻から脱して迷いや欲などは無
い世界なのですが、ここはまだ物質から逃れることのできない世界です。そし
てこの色界の上に無色界というものがあります。ここは肉体や物質を超越した
精神活動の世界であって、ここは「想いも想わざるも何もあらず」と言われる
世界です。無色界の一番上にあるのが有頂天(うちょうてん)である。

そして仏の世界はどこにあるかというと、この三界の更に上に解脱した世界に
あるわけです。仏として到達した世界の奥深さはとても私たちのような迷いの
固まりのような常人の知覚できるようなものではなさそうです。

さて、弥勒菩薩に話を戻しますが、弥勒菩薩はインドではマイトレーヤとよば
れ、インド宗教と兄弟関係にあるゾロアスター教ではミトラ神に対応します。
しかし実はミトラ信仰はゾロアスター教よりも古いもので、契約の神・天空神・
光明神で、又冥界の裁判官でもありました。

ゾロアスター教でアフラ・マズダが最終的に全知全能の神に進化してアフラ・
マズダに帰依していた人々の時代が来るという話や、キリスト教でその内最後
の審判が行われて、神と契約していた人々に新しい時代が約束されるという話
は、このミトラ教の影響で生まれました。弥勒菩薩が56億7千万年後に登場し
て全ての衆生を救済するというのも、この話の変化のひとつでしょう。

日本では天空に近い山の上に弥勒浄土があるという信仰が中世の頃からありま
した。また弘法大師は亡くなる時、自分はこれから弥勒菩薩のいる所へ行って、
56億7千万後に弥勒菩薩とともにこの世に戻って来る、と言ったという話が
伝わっています。こういった弥勒信仰をベースに、明治時代の大石凝真寿美は
弥勒菩薩は日本に降りてくるとして「仏説弥勒下生経」と「弥勒出現成就経」
を書き、これらの思想は出口王仁三郎らにも影響を与えたと言われます。

弥勒信仰自体は聖徳太子の頃既に朝鮮半島などでも盛んだったようで、かなり
古い時代の弥勒菩薩像が国内にも何体も残っています。この頃の弥勒菩薩像は
京都の広隆寺のものに代表されるような、片足を曲げてもう一方の足の上にの
せ、手の指を頬に当てて何か物思いにふけるような美しい姿をとっています。
これを半跏思惟像(はんかしいぞう)といいます。逆に半跏思惟像はたいてい
は弥勒菩薩像ですが、奈良中宮寺の如意輪観音像のような例もあります。この
中宮寺の像は指を微かに内側に曲げていて、この様子が非常に微妙な安らぎを
与えています。



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