天竜八部衆・八大龍王

天竜八部衆は広く仏法の守護者を総称したものです。

天・竜・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだっぱ)・阿修羅(あしゅら)・迦
楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩呼洛伽(まこらが)とされます。

見なれない所から説明しますと、乾闥婆(ガンダルヴァ)は帝釈天(インドラ)
に仕えて香を食し音楽を奏で、蜃気楼を作り出す力があるとされます。緊那羅
(キンナラ)も帝釈天に仕え、人頭馬身または馬頭人身とされ、鼓を打ち笛を
吹きます。摩呼洛伽(マホーラガ)は蛇頭人身でやはり楽を奏すものです。

阿修羅(アシュラ)はインドで神々(デーヴァ)に対立する悪魔とされます。
これがお隣のペルシャでは、逆にダエワが悪魔でアフラは神になっています。
恐らくは元々アーリア人の中でペルシャに移動した人たちはアフラを信奉し、
インドに移動してきた人たちはデーヴァを信奉していて、お互いに相手の神の
ことを悪魔だと言っているのでしょう。

一応仏教ではそのインドの概念の流れを汲んでおり、阿修羅界ではいつも争い
が絶えない、などというのですが、その阿修羅さえもここにおいては仏教を
守護するために仏敵と戦う存在とされます。

夜叉(ヤクシャ)は元々はインドで人に害悪を及ぼす魔物とされましたが、
これもまた、仏教は守護者として取り込んでしまいます。夜叉は日本における
鬼のイメージの源流のひとつです。

迦楼羅(ガルーダ)は元々どういうものとして捉えらえられていたかは不明確
ですが、一般には金翅鳥と同じであるとみなされています。これは金色の大き
な鳥で、口から火を吹き竜をとって食うとされ、その大きさは羽根を広げると
336里もあるといいます。永久保貴一さんの「カルラ舞う!」(ハロウィン
少女コミック館)を読んだ方にはおなじみですね。またインドネシアの航空会
社の名前にも使用されています。

なお、密教には迦楼羅観という修法もあります。これは迦楼羅の姿を観じて自
身が迦楼羅と一体になるのを観じ、その中にある自分と一体化した地水火風空
の五大の力を観じるのです。すると体の中にある邪気も毒も全て消え去るとさ
れます。

天は今まで説明したように、弁財天・吉祥天・大黒天・などなどがいます。

最後に龍ですが、龍のイメージは西洋・インド・中国でかなり異なります。西
洋ではドラゴンは常に悪者でした。しかし中国ではむしろ霊獣と考えられます。
また西洋のドラゴンは羽を使って空を飛びますが、中国の龍は羽がなくても空
を飛びます。ただし中国でも應という下のランクの龍は羽で空を飛びます。

インドの龍は多分にコブラのイメージが強いとされますが、やはり大河が龍に
たとえられるなど、龍は水と深い関係があります。その中でも八大龍王と呼ば
れる龍がいます。この八尊の龍のことは法華経に書かれています。

  難陀竜王   なんだ    海洋の主。頭上に9匹の竜、右手に剣、左手は腰。
  跋難陀竜王  ばつなんだ  難陀の弟。頭上に7匹の竜、右手に剣。左手は空中
  娑羯羅竜王  しゃがら   天海に住む。雨乞いの本尊である。
  和修吉竜王  わしゅきつ  水中に住む九頭竜。
  徳叉迦竜王  とくしゃか  この竜が怒って人を見るとその人は死ぬ。
  阿那婆達多竜王あなばだった 雪山の池の中の五柱堂に住む。
  摩那斯竜王  まなし    阿修羅が海水で喜見城を攻めた時その海水を戻した
  優鉢羅竜王  うはつら   青蓮華の池に住む

日本では八大竜王、特にその中でも娑羯羅(沙伽羅とも)が雨乞いの神とし
て深く信仰されており、弘法大師が京都神泉苑で八大竜王に祈って雨乞いを
し、雨を降らせたという話が残っています。

また、八大竜王は役行者ともゆかりが深く、埼玉県秩父市の今宮神社や奈良
県天川村の龍泉寺は、役行者が八大竜王を祀った地であるとされています。

雨乞いの時は娑羯羅竜王あるいは八大龍王を本尊とし、特に釈迦が八大龍王
に説法している絵を筆の速い絵師に描かせながら、蛇を支配するのは孔雀と
いうことで孔雀経が読まれたりします。


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