全国66ヶ国お寺巡り99(16)出雲

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3月9日(火)。今日の目的地は一畑薬師(いちばたやくし)です。一畑電鉄の 出雲市駅から電車に乗って30分ほどで一畑口に到着します。ここから更に バスに乗って10分強。着いた所は一畑坂下。

本当は一畑薬師行きのバスに乗った方がいいのです。今回はこの薬師様名物 の1267段の石段を登りたかったので、こちらに来るバスに乗りました。一畑 薬師行きに乗れば、登る石段は160段で済みます。

さて意気込んで来たものの、先は長そうです。まぁ焦らずに登り始めます。

私と同じように、ここを登ろうと来た人たちが老若合わせて十人ほどいまし た。若い人はどんどん上がって行きますが、私は今回随分歩いていて、足は パンパンに張ってますので、ゆっくりゆっくりです。何段か登っては休み、 何段か登っては休み。筋肉が痛い。休む時間はだんだん長くなっていきます し、一度に登る段数もだんだん減っていきます。こういうことをしていると、 頭の中がだんだん真っ白になっていきます。これもごりやくでしょうか。

しかし、信じがたいことに、この石段をコースに組み込んだマラソン大会が 毎年10月に行われています。5キロコースと10キロコースがあるのですが いづれも最後はこの1267段の石段です(^^;;

最初は段数を数えていたのですが、もうこの辺りで分からなくなりました。
半分くらいまでは来たでしょうか。。。

ここの開基は寛平6年(894)。与市という漁師さんが漁をしていたとき、海中 に金色に光るものがあり、拾い上げてみると薬師如来像でした。これを家に 持ち帰った所、薬師様のお告げがあり、母親の眼病が治ってしまいました。
そこで、これはきちんとお祀りしなければということになり、与市が如来像 を背負って山の中を歩き回った所、三人の童子がこの地に与市を導いたとい われます。与市はそこに小さなお堂を建て、初め医王寺と称しました。医王 とは薬師如来のことですね。与市はその後比叡山で正式に修行して住職の資 格を取り、補然と名乗ってここの住職になりました。

このお寺は初期の頃は天台宗でしたが、のち臨済宗に改められ名前も医王山 一畑寺となりました。臨済宗妙心寺派のお寺であると同時に一畑薬師教団の 総本山ともなっています。薬師様ですから、病気治療に効くのですが、縁起 でも与市の母の眼病が治ったとされるように、昔から、特に眼病に霊験あら たかであるとされています。

さて、石段もあと少しになってきました。先に元気よく登って行っていた筈 の若い人が2人この辺りでしゃがみ込んでいました。「お疲れさん」と声を 掛けて、先に行かせてもらいます。さぁついたようです。

石段を登りきった所には法堂(はっとう)があります。まずはここでお参り させてもらいます。中央に釈迦如来、右に達磨大師、左に大帝大師。南無釈 迦牟尼仏。ナウマクサマンダボダナン・バク。

さて、法堂を出たところで一休み。持参のスポーツドリンクを少し喉に通し て、それから失礼して足首付近にアンメルツを塗らせてもらいます。さて、 更に80段の階段を登ります。仁王門をくぐって、また登って、その先にやっ と境内がありました。ここまでで1267段完了です。

まずは登り切って右手奥にある本堂に行きます。ここが与市が拾い上げた薬 師様が安置されているところです。脇侍は日光・月光菩薩。さらに十二神将 が安置されています。南無薬師如来。オン・コロコロ・センダリ・マトウギ ソワカ。

この本堂の左手には八万四千仏堂があり、薬師如来の眷属の八万四千仏堂が あります。信者さんたちが奉納した仏像が大量に納められていて、その数は 現在も増殖中です。この更に奥には観音堂もあります。お参りします。南無 観世音菩薩。オン・アロリキヤ・ソワカ。

ここでもう一休み。足をよくもんでから、山を降ります。帰りは160段だけ おりて、一畑薬師バス停からバスに乗ります。わずか10分ほどの行程でした が、その間完璧に爆睡していました。


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