全国66ヶ国お寺巡り99(67) 下野

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ところで「読み方」を確認しておきましょう。

下野国(栃木県)は「しもつけのくに」、上野国(群馬県)は「こうづけの くに」です。「こうづけ」は「かみつけ」の音便でしょう。また、下野国は 野州(やしゅう)、上野国は上州(じょうしゅう)とも呼ばれます。

なお、上総国は「かずさのくに」で南総。下総国は「しもうさのくに」で 北総または総州。多分元々は上総は「かみつふさ」、下総は「しもふさ」だ ったのでしょう。

ということで、今日は下野から上野へ移動します。

東武伊勢崎線の世良田駅に戻ったのは9時過ぎでした。このまま伊勢崎線を 先に乗ります。この線は太田から館林、羽生と走り東武動物公園へ。伊勢崎 線はここから更に浅草へとつながっているのですが、私はここから日光線に 乗り換えて東武日光まで行きます。

着いたのはお昼ころです。ここからバスで日光市街を抜け神橋のところで降 ります。ここは日光の山内地区と呼ばれています。ここに日光二荒山神社・ 輪王寺・日光東照宮などが集中しています。

日光の語源は比較的有名です。ここは元々は観音様がおられるという補陀洛 浄土(ふだらくじょうど)にちなんで「ふだらさん」と呼ばれ、「二荒山」
の漢字が当てられました。ところがこの名前が後に音読みされるようになり 「にっこう」となります。そしてこの音に合わせて「日光」という美しい文 字が作られたものです。

日光あるいは二荒山を開いたのは奈良時代の勝道上人(735-817)です。上人は 下野国芳賀郡(現真岡市)の生まれで、夢の中に現れた明星天子のお告げに 導かれ、10人の弟子とともに天平神護2年(766)鬼怒川の支流である大谷川を 遡り、この地に入ります。そして中禅寺湖を発見し、数々の苦労の末、男体山 に登ってここに一宇を建立しました。これが天応2年(782)のこととされます。

日光には2000m級の山が多数そびえ立っており、現在でもこれらの山にまとも に登頂するには本格的な登山の装備が必要であるそうです。地図も衛星写真も ない時代にこういう所に登った苦労はすさまじいものであったことでしょう。

日光の地は京都からほぼ北東の方角にあり、都の鬼門守護、そして関東・東北 の開拓(征服)の守護とされていたようです。ここは神仏一体の道場ですが、 そのうち、神社部分を二荒山神社、お寺部分を輪王寺あるいは満願寺と総称し ています。

後に鎌倉に幕府ができますと、ここは鎌倉のほぼ真北に当たることから頼朝 が重視し、多数の寄進をしています。また徳川家康は江戸に幕府を作りまし たが江戸からはこの地がほぼ磁北に当たることから、また重視しました。そ して家康の死後、家康自身が天海上人によりここに東照宮として祭られるこ とになります。現在の東照宮は三大将軍・家光が今のお金でいうと数百億円 という巨費を投じて造営したもので、家光自身もその東照宮のそば大猷院に 祀られています。

日光三所権現といわれますが、一般的な解釈としては、

男体山(2484m)−大己貴命  −千手観音 −新宮大権現 女峰山(2464m)−田心姫命  −阿弥陀如来−滝尾山大権現(中宮) 太郎山(2368m)−味耜高彦根命−馬頭観音 −本宮大権現

とします。日光の歴史や寺社の関連を書いていると、もうそれだけで日が暮 れてしまうのですが、最初に勝道上人が開いたのが山麓の二荒山神社本宮と 男体山山頂の奥宮、中禅寺湖畔の中宮、および本宮そばの四本龍寺(紫雲立寺) と中宮そばの神宮寺で、この四本龍寺が後に輪王寺となり、神宮寺が中禅寺と なったものです。現在の二荒山神社本社は輪王寺の常行三昧堂のそばに嘉祥3 年(850)建てられた新宮がルーツになっています。

さて、神橋でバスを降りた私は最初に橋の近くの深沙王堂にお詣りします。
勝道上人がこの地で絶壁により行手を阻まれたとき、雲の中から深沙大王が 現れ2匹の蛇を放ちました。すると蛇はこの川にかかって橋と化したと言わ れます。そのため、この橋は蛇橋とも呼ばれます。元は恐らく吊り橋か何か だったと思いますが、東照宮大造営の時に朱塗りの立派な橋に架け替えられ、 明治35年に洪水で流れましたが翌々年再建されています。

橋に向かって深沙王堂と反対側にあるのが四本龍寺。ここが日光の寺社の出 発点なのかも知れません。おそらく勝道上人たちはこの神橋の付近を拠点に して、この日光の山や川を歩き回ったのでしょう。ここには現在三重塔や観 音堂などがあります。

四本龍寺からまた道を戻って大谷川に沿った本道を歩いて行くと、やがて、 東照宮の参道が見えてきます。この参道の右手に輪王寺の境内が広がってい ます。

入る門は黒門です。まずは正面の三仏堂にお詣りします。ここまでさんざん 書いたことからも想像できますように、三仏とは中央・阿弥陀如来(中央)、 千手観音菩薩(右)、馬頭観音菩薩(左)で、高さ8.5mの木彫金箔仏です。
ここ輪王寺のご本尊さま。有名な4月の強飯式はこの三仏堂内で行われます。
(昔は滝尾神社で1月にしていたとのこと)

なお、黒門から見て三仏堂と逆の右手にある宝物館には有名な北斗マンダラ など多数の宝物が納められています。

三仏堂にお詣りしたら、また黒門から出て参道を登り、東照宮にお詣りしま す。豪華な陽明門や鳴龍、眠り猫などを大勢の観光客と一緒に拝観します。
そして東照宮を出たら更に奥に行って二荒山神社へ。ここは東照宮からする と人が少なくなりますが、それでも午後ですので人は多い。そして最後は 二荒山神社の更に奥にある大猷院で、この地は打ち上げです。

密度の濃い場所なので、ここまで来た時には既に3時をすぎていました。


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