牡丹燈籠

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元は中国の古典

カランコロンと駒下駄の音をさせてやってくる美しい幽霊・お露さんの物語「牡丹燈籠」は元は中国の古典です。

これは元々、明代の怪談を集めた「剪燈新話」の中の1編「牡丹燈記」で、16世紀初めに日本に伝来しました。それを読んだ、近江六角氏の家臣・中村豊前守の子息中村某が、その中から3編を選んで訳して「奇異雑談集」を作りました。これが日本でのこの物語の初出で、「女人死後男を棺の内へ引込み殺す事」という題名でした。現在のものとは登場人物や設定も微妙に違っています。

中国版『牡丹燈記』

正月十五日・上元の日。家々が門に灯籠を掛けるので、男女がその明かりを頼りに遅くまで出歩く習慣があった。その日妻に先立たれて一人で暮らしていた喬生という男が下女に牡丹燈を持たせた17〜18歳の娘・麗卿と出会う。

二人は恋仲になり、喬生の家で何度も逢瀬を重ねるが、ある日隣家の翁がのぞいてみると、喬生がきれいな服を着た髑髏と対座していた。驚いた翁は翌日そのことを喬生に告げる。そんな馬鹿なと答えた喬生ではあったが、念のため、麗卿が住んでいるという湖西を訪ねると、なかなかそれらしき家が見つからず、ふと入った湖心寺の西廊の突き当たりに棺があるのを見つける。そこには「奉化符州判の女麗卿の柩」と書かれていた。

自分が会っていたのが亡霊であったことを知った喬生は護符をもらって門と部屋にかけておいた。すると女の来訪はなくなった。が、1月ほどして油断して酒を飲み酔って湖心寺の門前を通り過ぎようとした時、そこに突然下女が現れて彼を中に導き、麗卿の柩の中に入れてしまった。

その後、雲陰の昼や月黒の宵に牡丹灯籠を持つ下女に導かれた麗卿と喬生の姿を見たものがあったが、みな病に倒れたという。

浅井了意版・牡丹燈籠

中村某の本は長い間写本で読まれたあと、1687年に出版されています。しかしその出版に先立ち、浅井了意が1666年「伽婢子(おとぎぼうこ)」(13巻)の中でこの物語を舞台を日本に移し、「牡丹燈籠」の名前で発表しています。

了意版『牡丹燈籠』

舞台は天文戊申年(1548)の日本ということになっている。妻に先き立たれ寂しく暮らしていた男の名前は萩原新之丞。燈籠は上元ではなく、盆の精霊祭の燈籠にした。そして、燈籠を女の童に持たせてくるのは二階堂の息女・浅茅(あさじ)となっている。その他の構成・ストーリーはほぼ同じだが贈答の恋歌などを配した巧みな翻案になっている。

三遊亭円朝版・牡丹燈籠

多くの怪談噺で知られる三遊亭円朝は1863年頃、これらの話をベースに「怪談牡丹燈籠」を制作しました。13編21回に及ぶ長編になっており、敵討ちや別口の女の幽霊も登場します。以下、その中の元からの牡丹燈籠の部分だけを簡単に述べます。

円朝版『怪談牡丹燈籠』

娘の名前はお露、男の名前は萩原新三郎に変更されています。そしてこの円朝版では、二人は女が生きている内に出会う設定になっています。

本所柳島の別荘に出養生している旗本の娘・お露のところへ出入りの医者山本志丈が浪人萩原新三郎を連れてくる。お露は新三郎に一目惚れし、帰り際には手をにぎりあったりした。しかしこの恋のことで新三郎がくよくよしている間にお露は恋患いで亡くなり、女中のおよねも引き続いて死んでしまった。

志丈からそのことを聞かされた新三郎は済まないことをしたと嘆き、お露の俗名を書いて仏檀に供え、毎日念仏をあげていた。

やがて、盆の十三日。カラン・コロンと駒下駄の音がする。見ると牡丹燈籠を下げたおよねと振り袖を着たお露であった。

「おや、およねさん、どうして」
「あら新さん、あなたはお亡くなりになったと聞いたのに」
「そんな、そちらこそお亡くなりになったと聞いたのに」
「いやですよ。そんな縁起の悪いことを」

こうして、お露とおよねは新三郎のもとを訪れ、逢瀬を重ねるようになった。来訪は7日の及ぶ。

ある夜、たまたま隣に住む伴蔵がのぞくと、なんと新三郎が振り袖を着た骸骨と抱き合っていた。驚いた伴蔵は翌日そのことを新三郎に告げ、人相見の白翁堂に連れていく。新三郎は白翁堂の勧めでお露とおよねの墓のある新幡随院の和尚に相談。和尚からお守りの海音如来を貸してもらい、もらったお札を部屋に貼って女の霊の来訪を防いだ。

その夜またカランコロンと駒下駄の音がして、およねを伴ったお露がやってきた。しかし札とお守りのため、中に入ることができない。お露は悲しんで、なぜこんなことするんです?と言って嘆く。しかし新三郎はそれに耐えて震えていた。

愛しい新三郎に会いたいのに会えない。困ったお露は隣の伴蔵を買収することにする。お露は彼に百両やって、お札をはがさせ、海音如来を盗みだしてくれるよう頼むのである。

相手が幽霊とはいえ、百両ももらうと欲に目がくらんでしまう。伴蔵は女房のおみねにもそそのかされて、お露の希望通り、お札をはがして海音如来を盗み出した。そのため、新三郎はお露の幽霊に取り殺されてしまう。

ここから円朝の噺は、伴蔵とおみねの夫婦に話題が移っていく。幽霊からもらった百両で二人は店を始めるが、やがて伴蔵は浮気を責めるおみねを殺してしまう。すると店の奉公人におみねの霊がのりうつり、伴蔵の悪事をばらしてしまうのである。

珍しい足のある幽霊

牡丹燈籠のお露(浅茅・麗卿,以下同)さんは駒下駄をカランコロンと言わせてやってくる幽霊です。つまり、お露さんにはしっかり足がある訳で、近年の日本の大衆文学の中の幽霊として異例の存在です。

この足のない幽霊というのは、一般には円山応挙の幽霊画から始まったとも言われています。応挙の幽霊画は実際見ると足がない、というより描かれていないあるいは見えないという雰囲気です。そこでは足だけでなく下半身があいまいになっています。人のいろいろな思いが幽霊を生み出しているのであれば、その思いが上半身に集中するが故に、下半身は比較的イメージが弱くなっているのかも知れません。

また、祟るとされている四谷怪談・累ヶ淵の幽霊が、しばしば(多分本人たちの意志に反して)凄惨な姿でイメージされているのに対して、お露は美しい幽霊で、新三郎は彼女と熱く愛し合います。この辺りが中国伝来の物語とはいえ、また異色の存在となっています。

心理学的に言えば、基本的に夢などで気味の悪い姿などに見えるものは、心がそれを拒否しているためです。心がそれを許容し始めると相手の姿はだんだん親しみやすいものになってきます。お岩さんや助さん・累さんが凄惨な姿で見えるのは、それはそれを殺した本人にとって、なのかも知れません。実際にはお岩さんにしろ、助さん・累さんにしろ、そんなひどい顔はしていなかったようにも思います。それをひどい顔の女として描かれるとしたら、これも本人たちにとって不本意極まりないことでしょう。

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