皿屋敷

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皿屋敷

 

お菊さんの物語

皿屋敷のお菊さんの物語は岡本綺堂の「番町皿屋敷」(大正5年,1916)で有名ですが、その元ネタをたどっていくと、実は舞台は江戸の番町ではなく、播州姫路にたどりつきます。

享保5年(1720)京都榊山四郎十郎座の歌舞伎狂言で、この物語が「播州評判錦皿九枚館」と題されて上演された記録があり、寛保元年(1741)7月には大阪の豊竹座で初演された浄瑠璃「播州皿屋敷」がたいへんヒットしまして、定番の怪談となりました。

播州ではなく江戸番町を舞台にした恐らく最初の作品は、宝暦8年(1758)馬場文耕の「皿屋敷弁疑録」で、その直後、明和2年(1765)秋・江戸市村座の歌舞伎「女夫星逢夜小町」(めおとぼしあうよこまち)で評判になりました。明治16年(1883)には市村座は河竹黙阿弥作で新解釈を入れた「新皿屋敷月雨暈(つきのあまがさ)」を出しており、その延長線上に岡本綺堂「番町皿屋敷」が来ます。

播州・姫路城には現在もお菊さんの井戸とされる井戸が残っています。この井戸は姫路城の万が一の時の抜け穴である、という説があり、この怪談もそもそもそこが抜け穴であることを隠し、人を寄せ付けないために流布されたものである、とも言われています。

そういう訳で「ばんちょう」は「ばんしゅう」をもじったものの可能性があるのですが、実は、このお菊さんの伝説は、播州姫路のみでなく、尼崎、高知、長崎、甲州などにもあり、最も古いと思われるものは、なんと「雲州・松江皿屋敷」。これは元禄2年(1689)刊のノンフィクション「本朝故事因縁集」の中に収められています。

つまり、「ばんしゅう」も「うんしゅう」のもじりで、ひょっとするとお菊さんは本当は松江の人だったのかも知れません。

寛保3年(1743)刊の「諸国里人談」にもこの話が江戸牛込御門、播州、雲州松江の3ヶ所に見られ、どれがルーツか分からない、といったことが書かれています。

なお、江戸では番町・牛込御門のほか、麹町というのもあるそうです。また牛込の場合、大久保家というのと服部家というのがあるそうです。

皿を数える

お菊さんの物語の基本的な筋は、お菊さんがお家の大事な十枚揃いの皿のうちの1枚を割ったあるいは失った罪を着せられ惨殺されて井戸に放り込まれたため、夜毎その井戸にお菊さんの幽霊が出て、皿を数え、9枚まで数えて「1枚足りない」と恨めしそうに言う、というものです。

これに各物語ごとに色々なストーリーが付与されています。

播州皿屋敷

播州姫路で、お家乗っ取りを企む青山鉄山一味は、そのわるだくみを忠臣船瀬三平の妻・お菊に立ち聞きされてしまったことから、お菊の預かるお家の重宝の皿を1枚隠し、その咎を負わせてお菊を惨殺。死体を井戸に投げ込んだ。するとそのお菊の怨霊が毎夜井戸に現れるようになり、やがて鉄山一味を自滅させる。

番町皿屋敷

番町の青山主膳の屋敷は、千姫(家康の孫娘で豊臣秀頼の妻)の屋敷跡に建てたものである。千姫の屋敷がいったん更地にされ、その後に建ったので「更屋敷」と呼ばれる。青山は火付盗賊改方をしていたが、盗賊向坂甚内を召し取った時、その娘のお菊を奪って侍女にしてしまった。ある時お菊は青山が大事にしていた十枚そろいの皿を1枚割ってしまった。すると青山はそのことでお菊を折檻し、お菊の指を1本切り落としてしまった。お菊は青山を呪って井戸に身を投げて死んだ。その後青山に子供が産まれたが、その子には指が1本足りなかった。そして例の井戸から毎夜皿を数える声が聞こえてきた。

尼崎のお菊

摂州尼崎の城主・青山播磨守の配下に喜多玄番という武士がいた。玄番は日頃お菊という侍女を可愛がっていたため、玄番の妻が嫉妬し、お菊が給仕した食事に密かに針を混ぜた。食事から針が出てきたことに玄番は怒り、お菊を折檻し、後ろ手に縛り上げて逆さにして井戸に放り込んで殺してしまった。その後、お菊が殺された時の姿をした虫(お菊虫)が大量発生した。また玄番の家には様々な凶事が発生し、名跡も断絶してしまった。

(お菊虫というのは揚羽蝶のさなぎではないかと言われています。大量発生したのは1795年とされます。)

落語の皿屋敷

播州姫路城下に皿を数えるお菊という女の幽霊が出るということで、みんなが恐れていた。特にお菊が9枚まで皿を数えてしまうのを聞いてしまうと祟りがあるというので、幽霊見物に行く者たちは8枚まで聞いたところで逃げ出すようにしていた。

ところがある夜見物に行った者が8枚まで聞いたところで逃げ出そうとして転んでしまい、「9枚」という声を聞いてしまった。これはたいへんなことになってしまった、と恐れおののいたが、今日のお菊は9枚で終わらなかった。10枚・11枚と数え、とうとう18枚まで行ってしまった。

「お菊さん、なんで18枚まで数えたの?」
「はい。明日休みますので2日分です」

お菊さん

この皿屋敷の物語の殺される女性の名前は、一部お藤のものもありますが、だいたいはお菊で統一されています。柳田国男はこの「お菊」という名前は主君によって惨殺される不幸な下女に対する通称ではないかと推理しています。また永久保貴一はこのお菊という名前は水との関連(累ヶ淵にもお菊が出てきた)、また菊理姫とも関連があるのではないかと指摘しています。菊理姫というのは日本書紀のイザナギ・イザナミが黄泉の国で会話をする所で1回だけ出てくる謎の女神で、白山姫神社に祭られている神です。

いづれにせよ、このように濡れ衣を着せられ、あるいは軽微な罪をとがめられて残忍な主君に殺されてしまった下女というのは江戸時代にはけっこうあったのではないかとも思われ、そういった非道なことへの憤りが、このお菊さんの話を支えているのかも知れません。合掌。

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