皿屋敷・補足

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永久保氏の熱意的探求

永久保貴一氏は近年いくつかの有名な怪談話の真相に迫るべく、意欲的な探求をしています。特にこの皿屋敷の探求に関してはひじょうに深いところまで到達したようです。永久保さんの詳しい研究結果については下記の文献を参照して下さい。

いづれもコミックス扱いですので、通常の通信販売では入手できません。書店で見つからない場合は、直接注文するなどの方法で入手してください。耳袋(2)に累ヶ淵の話が載っています。

耳袋(1)の方は実際に永久保氏がかなりひどい目にあったある物語と、犬神様のことが書いてあります。(1)はむちゃくちゃ怖いですし、その永久保氏もひどい目にあった物語というのは関わる人がことごとく祟りにあってますので、私はとてもお勧めできません。

また、この皿屋敷の件に関連する永久保さんと寺尾玲子さんの対談が「水の記憶」(山本まゆり作/朝日ソノラマ)に収録されています。この本には皿屋敷や累ヶ淵とも関連する人柱関係の霊障相談も取り上げられています。

ルーツは群馬県甘楽町

永久保氏は全国を飛び回って調査をした結果、この物語のルーツは群馬県甘楽町の小幡城下で、お菊さんの命日は天正14年(1586)9月19日であると結論づけました。その後の伝搬ルートは

小幡→信州松代(小幡信実)1590
小幡→前田家[後に金沢](小幡彦三郎)1590
小幡→姫路松平家(小幡修理)1640→埼玉県行田市[松平家の国替え]1823
小幡→徳川家康[後に江戸](小幡信実の息子)[この小幡氏の菩提寺が牛込]

と人の流れを調べ上げています。姫路松平家は行田に移る前に桑名にいた時代もあるので、桑名にも調べるとお菊伝説があるかも知れないという話です。もしご存じの方があったらぜひ永久保氏にお手紙してみましょう。

調査未完の皿数え談

上記の小幡城下をルーツにする物語は、お菊という女性が食事に針が混じっていたという言いがかりを付けられて責め殺される話で、皿数えの話はまた別系統です。永久保氏もこれについては調査が未完だったようです。

お菊さんの伝説が中部地方を中心に分布しているのに対して、皿数え伝説の方は山陰・北部九州を中心に分布しているようです。

だれかこれについてルーツの検証に挑戦してみませんか?

なお、永久保氏が訪れていた福岡県碓井町の皿屋敷(お菊大明神)については

http://www.furusato.fmw.or.jp/city/047/contents/syosetu.html

に伝説が紹介されています。皿屋敷の写真も載っています。永久保氏が現地で訪れた曹洞宗のお寺は増福院というところのようですが、近くには同じく曹洞宗の古刹で永泉寺というお寺もあり、ここにはお菊の墓があります。

永泉寺は文安5年(1448)玉崗慶林の開基。御本尊は黄金の60cmの如意輪観音(秘仏)です。境内左手に六地蔵があり、その右端に台座だけのものがあるとのこと。これがお菊の墓と伝えられています。

高知県幡多郡のものは、奥屋内の「お菊の滝」ではないかと思います。私も詳しいことは分かりません。

白山信仰とお菊さん

永久保氏は昨年の原稿にも書いたように、お菊さんの伝説と白山信仰とを結びつけて考えておられるようです。ここで白山信仰について概観しておきます。

白山は富士山・立山と並ぶ日本三大霊山のひとつです。泰澄上人が開いたもので、その神域は石川県・福井県・岐阜県の3県にまたがります。そして実際の白山の活動もこの3県で別々に発達したようです。

江戸時代頃にはこの中で福井県側が優勢になり、石川県側を管理していた人たちは抗争に敗れた失意のままこの地を後にし、能登半島へ移住しています。そして明治になると廃仏毀釈の嵐で福井県側の寺院が破壊されつくされ多くの祭事物と資料が失われています。結果的には岐阜県側の資料が多く保存され研究者にとっては貴重なものになっています。しかし現在の白山信仰の中心地は石川県側に移っています。

福井県・石川県というとこの地域は浄土王国であるとともに、曹洞宗の勢力範囲でもあります。そして曹洞宗の本山・永平寺の守護神がこの白山神社です。そのため、白山神社というのは次の4系統があるようです。

最後のものは、単に天の神様を祀った天神様が後世菅原道真公の天神様と関連づけられたものと事情が似ています。なお、白山神社の数は全国で3000社ほどあるようです。

さて、この白山の御祭神は菊理姫です。この神は日本の創成神イザナギ・イザナミの間の娘で、二人がこの世とあの世の境のところで喧嘩別れした時に、二人の仲を仲介した神です。いわば向こうの世界とこちらの世界の間を取り持つ巫女とも言えます。

永久保氏はここの「菊」という字に注目した訳です。

なお、菊理姫に関しては、これは朝鮮系統の神ではないかという説も昔からあります。また「白山」は「はくさん」という読み方と「しらやま・しろやま」という読み方がありますが、「しらやま」というのは「しらぎ」つまり朝鮮の新羅から来たのではないかという説もあります。

岡本綺堂氏は皿数え伝説のルーツは中国ではなかろうかという説を唱えておられたようです。その辺りも今後の研究が待たれます。

江戸の皿屋敷・その後

江戸の皿屋敷の所在については、一般に有名な番町のほか、牛込、麹町の説があります。整理すると

このリストは永久保氏の本および石井明「幽霊はなぜ出るか」(平凡社)を参考にしました。

最も有名な吉田御殿跡ですが、この吉田御殿というのは徳川家康の孫で豊臣秀頼の元妻である千姫の屋敷のことです。伝説では千姫はわがままな性格で侍女をしばしばなぶり殺しにしては井戸に死体を放り込んでいたといわれ、その井戸の伝説をこのお菊さんの伝説にくっつけたもののようです。なお、その話では、吉田御殿跡がいったん屋敷を取り壊して「更地」になったため、ここを「更屋敷」といい、それが「皿屋敷」に変じた、といっていますが、これも無茶な話に思えてなりません。

しかしまぁともかくも、江戸の皿屋敷の話は牛込を出発点としているのは間違いないようで、ここが永久保氏が調べ上げた小幡氏の菩提寺(保善寺,現在は中野区に移転)の位置と重なる訳です。その牛込のどこかという問題については「牛込御門の中」というからには、御門からそんなに離れていない距離と思われます。すると現在の警察病院の付近かも知れません。その近くには皿明神もあります。

Books Esotericaの「幽霊の本」には、皿屋敷の跡に日本テレビの社屋が建っているという俗説が紹介されています。日本テレビの社屋は番町は番町でも二番町になります。吉田御殿系の五番町とは距離があるようです。概してテレビ局は怪談話がつきものです。基本的には電波を扱っているためと思われます。テレビ局・病院・学校は現代の怪談の三大舞台といってもいいかも知れません。

なぜ福江なのか

永久保氏が調査した中で、皿数え伝説がある最も西の地区は長崎県の五島・福江島です。

私もこの本を最初に読んだときは、それと岡本綺堂の中国伝来説とを結びつけて、やはり中国に近い地だからそういう伝説が残っているのかな?と思いました。

が、それではおかしいかも知れません。

つまり中国から伝わってきたのであれば、五島ではなく、壱岐や対馬にこそこの伝説はあるべきとも思えます。

なぜ福江なのか。。。。

そのことについて何かヒントがないか、と資料をあさっている内、あることに気付きました。それはこの地がキリシタンの勢力地であるということです。

考えてみると、お菊伝説が生まれた時代というのは16世紀末から17世紀初頭。ちょうど激しいキリシタン弾圧が行われていた時期です。そして指を1本ずつ切っていくとか、逆さに吊して責めるというのはキリシタンに対して行われていた拷問でもあります。井戸に投げ込んだというのは知りませんが、穴を掘ってその中に吊したり(死んだらそのまま墓になる)、火山の火口の中に放り込んだ例はあります。

お菊とキリシタンというのは何か関係があるのでしょうか?

そう考えると、「きく」というのは「キリシタン」と「クロス」の頭文字のようにも思えてきます。

となると「十枚の皿」というのは「十字架」とか「十戒」に関わっているかも知れません。それを欠いたというのは信仰のことを他人に漏らしたのでしょうか?それ故拷問にあって死んだのでしょうか。

その他、皿数え伝説は筑豊や山陰にもあった訳ですが、筑豊にしろ山陰にしろ隠れキリシタンがいた地区でもあります。基本的には隠れキリシタンの分布というのは平家落人の分布や山伏(修験者)の活動範囲にダブっています。筑豊には英彦山、山陰には大山があります。

取り敢えず総括

まだ来年あたり加筆の必要性が出てくるかも知れませんが、取り敢えず今年はここで締めくくっておきます。

基本的に皿屋敷伝説というのは、惨殺されたお菊さんの伝承と、皿数え伝説がどこか(といって双方の分布図からすると関西の地以外考えられませんが)で合体して生まれたものなのでしょう。

その象徴的なルーツとして永久保氏は菊理姫へとたどって行った訳ですが、やはりそこへ行くにはもう少し検証が必要な気もします。

上記最後に書いたキリシタン弾圧との関連については、別に私の主張という訳ではなく、可能性の一つとしか考えていません。

ただ、この皿屋敷伝説にはもう少しいろいろ秘密があるような気はします。

ともかくも、この件に関わっている人たちに合掌して今回の文章を閉じさせて頂きます。

ごくごく簡単な加筆 2000.8

上記で出てきた白山神社と曹洞宗の関係については、関係者の方から「両者が関係あるとは思えない」というご感想を頂いております。これについては再度調査の必要があるかも知れません。

おきくさんとキリスト教の関係は、やはり考えれば考えるほど、荒唐無稽すぎて、話にならないと思います。ボツにしておきましょう。

菊理姫が韓国とつながりが深いのは確かではあるようです。白山神社は日本海の航路に沿って展開したようですが、そういう日本海の沿岸地域というのは、また大陸から多くの人がわたってきた地域でもあります。

また、この手の話に関して、どうしても民俗学系の研究者は全ての女神を稲作に結びつけて考えるクセがあるようですが、全てをごっちゃにしては何も分からないし、また何でも主張できる可能性があります。過度の類推は避けた方がよいかも知れません。

以上、取り敢えず。

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