四谷怪談・補足

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昨年上記の「四谷怪談」の記事を書いたあとで、実際にお岩稲荷を訪れて由緒などを読んで来ました。そしてその後、次の2つの本を読みました。

その結果、加筆の必要性を感じています。

お岩稲荷から

お岩稲荷(田宮神社)に書かれていた由緒は、それまで持っていたお岩さんに関するイメージを画期的に転換するものでした。それによれば、お岩さんという人は田村家の中興の祖であるというのです。

ひじょうに商才のある人で、この人の力で家は大きく持ち直したとされます。田宮神社の敷地の中、左手にお稲荷さんの祠がありますが、それがお岩さんがお祭りしていたお稲荷様なのでしょうか?

実際問題として、お岩さんに関する最も古い文書とされる「於岩稲荷由来書上」は四谷怪談の初演の2年後に書かれたもので、多分に芝居の筋の影響を受けている可能性があります。それではあれは単なる創作だったのでしょうか?

私も一時期そう思っていました。

もう一人のお岩さん

冒頭にあげた2つの本は、ここから更にもう一歩踏み込んだ探求をして、意外な事実を浮かび上がらせています。それは、もう一人「お岩さん」がいたということです。

それは田宮神社でお祀りされているお岩さん(1636年死去)から5代目の人で、田宮家は実はここでいったん血筋が切れている模様です。この頃(1710年前後)にやはり何かあったのではないかと上記2つの本は推定しています。このあたり詳しいことは上記2つの本を参照してください。

(永久保氏のはコミックス扱いなので通常の書籍の通信販売では入手できないと思います。書店で見つからない場合は直接注文なさるなどの方法をお取り下さい)

結局何があったのか

「於岩稲荷由来書上」が書き記す事件の要点は次の通りです。

恐らくはこの通りのことが本当にあったのでしょう。ここでは「お岩」と書かれていますが、永久保氏は実際にこの失踪した女性の名前は不明であるとしています。しかし脚本を書くのには名前が必要であるため、田宮家・初代のお岩さんの名前を借りたのではないか、という推定です。

なお、この地には現在はまた田宮家の人が住んでいるのですが、初代お岩さんの子孫であるとのことですので、恐らく分家の方がのちにここへ移ってきて、お家を復興したのでしょう。

ここに祀られているのは結局は、田宮家のご先祖さまということになると思いますが、その中には当然、初代の田宮家を盛り立てたお岩さんと、その5代目の悲運の女性も入っていることになるかと思います。

なぜ祟るのか?

「お岩さんが祟る」というのはよく流布された話ですが、その祟りの元についてはどうも、その悲運の女性の恨みというのとは少し違うようにも思われます。

田宮神社のパンフレットでは、四谷怪談関係で事故が多いのは、暗い場面が多く、よく見えないために物にぶつかったり、足を踏み外したりするのではないか?といった推定がなされています。これはあり得ることだと思います。

寺尾玲子さんの「闇の検証」では、一番問題なのは、これをネタに儲けてやろう、という人たちの渦巻く思念のかたまりではなかろうかと推定しています。これはかなり強力なマイナスのパワーになるはずです。これもあり得ることだと思います。

とにかく、この四谷怪談は、ふざけてタッチしてよいものではないことだけは確かです。

その悲運の女性、及び似た境遇に苦しんだ多くの女性に合掌。 ↑


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